ねずみのすもう

精神科医のねずみ

夢の話

将来の夢、ではなく夜見る「夢」の話である。 わたしが勤務していた病院の当直室で、かなり前に「医師が」突然死したという噂があった。 日中から体調不良を訴えて早退したがっていたのに、病院側が無理やり当直をさせたら朝になって死亡しているところを発…

何者かになるということ

15歳の頃だろうか、ふと「死後に名を残したい」と思うようになった。 生きている間に味わった悲喜こもごも、いろんな苦労も、死んだあとは数少ない家族や友人知人が知るのみとなり、彼らも死ねば「はじめから何もなかった」のと同じことになる。 よく考える…

今夜は、月がいい。おれは三十年あまりもこれを見ずにいたんだが、今夜見ると気分が事のほかサッパリした。してみるとこれまでの三十何年間は全く夢中であったというわけだ。 魯迅「狂人日記」 古文の授業でやたらと「月」にまつわる文章や和歌が出てきた。 …

自殺考

幸か不幸か、これまでの人生、真剣に自殺を考えたことがない。 漠然と死にたいなーと思ったことは何回かあるのだが、いざ実行に移すことを考えると、仕損じた場合の悲惨さが真っ先に思い浮かんでしまい躊躇してしまうのが常だった。 子供のころ読んだ「学校…

死の家の記録

1945年8月9日、日ソ中立条約を一方的に破棄したソ連邦はアレクサンドル・ワシレフスキー元帥の指揮下、大挙して満州に侵攻した。 敗色濃厚な大戦末期、戦力を南方に移転し、ほとんど「張り子の虎」状態だった関東軍はあえなく壊滅し、置き去りにされた数十万…

流人島にて

前回のエントリーから2年が経過した。この間、コロナ禍は依然収まらず混乱が続き、なんと欧州では常任理事国による侵略戦争という二次大戦以来のカタストロフが発生した。わたしは何をしていたかといえば、2021年春時点で勤めていた職場を「半ば追放のような…

保護室

精神科病院に入院するとき、興奮が強かったり病状が不安定なとき「刺激を避け」「休息してもらう」ために入るのが保護室という。一般床とは別のがっちりした個室である。万が一壁を叩いても衝撃は吸収され事故やケガを防ぎ、ある程度の防音効果で聴覚が余計…

医者の生活

一族に医者はいない。厳密にいうと祖母の異母弟が某都内ブランド病院名誉院長(?)らしいが1回も会ったことがない。父はサラリーマンである。母方の祖母は看護師、シベリア出兵に参加した父方の曾祖父は獣医将校だった。もっとも勇躍して寒冷の地に乗り込んだ…

菜の花や

菜の花や、月は東に日は西に。春は菜の花、秋には桔梗。さみしいときは僕の好きな菜の花畑で泣いてくれ。葉の花畑に入日うすれ。春の季語として桜もいいがわたしは菜の花を推したい。わたしの勝手な感想にすぎないが、桜は狂気に通ずる。満開の桜を見に行く…

医学をえらんだ君に問う。

医学生へ 医学を選んだ君に問う 医師を目指す君にまず問う。高校時代にどの教科が好きだったか?物理学に魅せられたかもしれない、英語が得意だったかもしれない。わたしは世界史でした。しかし医学が好きだったことはあり得ない。日本国中で医学を教える高…

武田泰淳「異形の者」

武田泰淳(1912~1976)という作家がいる。真冬の北海道の洞窟に閉じ込められた船員同士が人肉食をする「ひかりごけ」など、人間の暗部を描いた作風で知られる。 中学生の時、現代文の教師が「ひかりごけ」は名作だからぜひ読むようにと勧めていて、新潮文庫版…

2021年の抱負

とくにない。2020年は公私いろいろあって、ちょっとやさぐれていた。それゆえ、いま振り返ると極端な煽り芸みたいなことを種々やらかしてしまった。慙愧の念に堪えない。 精神科病院というのは、内科外科の病院にくらべて体の急変が少ない分「まったりとした…

中島みゆき考その1 「アザミ嬢のララバイ」

ツイッターでたびたび中島みゆき(1952~)に言及しているが、つい5年前まで彼女の作品はよく知らなかった。 野太い声で歌うなんか怖い人という先入観があったし(失礼)、たまにファンだと公言するひとに出会うと妙にめんどくさい人だったりした。いまや自分が…

ダメ男考

「アタシ男運悪くて。。」 という恋愛相談めいたものを受けることが時々ある。ツイッターでは二言目には嫌味を言うウザいねずみキャラになっているが、リアルでのわたしは気さくで人の話をよく聴くのである。 正直アラサー以上になって男運が悪い、と言われ…

不幸の中の幸福

「不幸になりたがる人たち」 わたしの私淑する精神科医・春日武彦(1951~)先生の著作のひとつである。 1年ほど前のエントリーでも書いた気がするが、人間というものが口では幸せを望みながら、「ひそかな自滅志向」に酔いながら生きているのではないか、とい…

溺死しかけたこと

小学校2年生くらいのとき、プールで溺れたことがある。 夏の日のことである。 小学生にとって、プールというのは祝祭的な楽しみだった。わたしの通っていた公立小学校では、練達度を階級で表すようになっていて、なにかの目標をクリアするたびに水泳帽に達成…

パワハラ考

最近、職場でのパワハラで抑うつになり当科を受診する患者さんがとても多い。といっても、現場を見ていないのでパワハラと断定するのは難しく、パワハラの定義とは...という込み入った議論には迂闊に入り込めない。厳密にいえば労基署などの管轄になるのかも…

ヒットの法則

鬼滅の刃が大ヒットである。この作品、ファンの方には大怒られが発生しそうなのだが、まだ5巻くらいまでしか読んでいない。ちょっと前に銭湯行ったときに休憩ルームに置いてあったのを読んだまでである。読み始めて、まず「大正時代というが大正何年なのだろ…

人文学に関する雑感

以前のエントリーにも書いた気がするが、もともと英語と日本史・世界史など文系科目が得意だった。人間のタイプとしても、エヴィデンス主義の現代の医者というより人文学者寄りだと思う。医学部に進んでも、「なんでお前、文系に行かなかったんだ?」と訝し…

「教養」についての雑感

現代ほど「教養」という言葉がときに称揚され、時にpgrされている時代はないのではないか。 ときは明治大正・旧制高校のエリート教育華やかなりし頃、「教養」はステイタスであった。学生は古今東西の著書を読み漁り、ちょっとイイ感じになった婦女子を「Mäd…

オイディプス王

精神科医がネット上で期待されている役割のひとつは、ホロっとくるような「落としどころ」のある、自己啓発的な話をすることだろうと思う。 しかし、この手の話は語り手がある程度美男美女でないと説得力がなくなったり胡散臭くなってしまうきらいがある。あ…

ツイッター考

早いものでツイッターを初めて2年余りが過ぎた。 当初のツイートを見てみると、新人特有の生真面目さと鯱張った様子、つぶやいても何の反応もない虚しさ、なんとかフォロワーを増やそうとしていた様子がうかがえてほほえましい。ここいらで自らの2年余りのツ…

医者はおっぱいとツイートしてはいけないのか問題

結論から言うとよくないと思う。明らかに怒る人が一定数いる以上、あえてやる意味は乏しいからである。 しかし、そんなことは分かっているにも関わらず、なぜ、おっぱいとツイートする医者が(下手をすると女性の中でも)それなりにいるのか。 まずは、乳房に…

ナウシカ考

映画館でジブリ作品が上映されているというので、さっそく「風の谷のナウシカ」を観てきた。考えてみたらジブリの作品を映画館で観たことなかったな...。 ナウシカはこれまで何度も観た。上映当時(1984年)、わたしはまだ生まれてすらいなかったが、その後繰…

「異域の人」

自分は残りの生涯でどれくらいのことを成し遂げられるのだろう、とか考えてしまう。 医者のはしくれをやっていて、家庭も持って30半ばのいい大人である。このポジションを維持するだけでも大変なことであり、それ以上を望むのはおこがましいというべきかもし…

引っかかる出来事

高校3年になる春先のことだった。 当時通っていた大学受験塾のフロアで中年らしき女性に呼び止められ、講師室はどこ?と訊かれた。 建物の内部について訊かれるといささか面食らう。階段がいくつかあるが、最短経路はどう説明したものか。あと講師室は複数あ…

老けたネズミについて

年の割に老けたことを言う、と小学生のころくらいから言われ続けていた。 声変りがはじまった中学生の頃には、家で電話をとると、話しぶりが妙に大人びているので父とよく間違えられたり、医者になってからもほかの病院の先生と電話でやりとりするとき「50歳…

「和解」

子供のころ、妖怪だの幽霊だのの話が好きで、図書館からその手の本を借りてよく読みふけっていた。 今思い出してもよくできていると感心するのが、小泉八雲(1850~1904 ラフカディオ・ハーン)の「怪談」である。 ハーンは明治時代の日本に帰化した「お雇い外…

春なのに

コロナである。本来なら花見の人だかりができているはずのこの頃、川の土手の桜並木は閑散としている。私は昨年末、何の気なしにこんなツイートを放ったが、まさか数か月後に世界レベルでウィルスによる大混乱が起きようとは予想していなかった。 おそらく俺…

コロナ禍

私は飲み込みの悪い、不注意な子供だった。幼稚園でも、小学校でも、先生が「○○しましょうね~」というと、みんなテキパキと指示に従って準備なり作業なりを始めるのだが、私一人説明を聞き逃していてオロオロ、という場面がけっこうあった。図工の「明日の持…